——著書を「逃げてもいいんだよ」というフレーズで締めくくっていますが、その真意を教えてください。
家入:そのままの言葉通り、「嫌なことがあったら逃げてもいい」ということです。
最近では責任感が強いあまり押しつぶされてしまう人も多くいます。だからこそ、押しつぶされそうになる前に、「逃げる勇気」を持ってほしいと思います。
——著書を「逃げてもいいんだよ」というフレーズで締めくくっていますが、その真意を教えてください。
家入:そのままの言葉通り、「嫌なことがあったら逃げてもいい」ということです。
最近では責任感が強いあまり押しつぶされてしまう人も多くいます。だからこそ、押しつぶされそうになる前に、「逃げる勇気」を持ってほしいと思います。
最初に行った被災地は、宮城県の山元町でした。
あんまりたくさんの人が一度に亡くなったので、
火葬が間に合わなかったそうです。
ひとまず、土のなかに葬られた人たちへの墓参が、
ぼくらの「できること」のひとつでした。
実際に行ったことでわかったのは、
報道や記録で伝えられる震災も、
希望や計画として語られる震災後のことも、
生きている人たちの世界なんだということでした。
ところが、実際にお墓の前に立つと、
「この場所では、死者と生者が両方暮らしている」
そう思えたのでした。
全国のニュースとしては、
死者はいつでも数えられるばかりです。
でも、その人の生活していた場所では、
亡くなった誰それさんとして、
それから後の時間を暮らしているのです。
・震災のあとをどうするか、どうしたいか、
たくさんの知恵がしぼられ、人々が動いています。
でも、それが生者のためだけのものでは、きっと、
いけないんだよなぁと、考えるようにしています。
死者にも居心地のいい世界が、
生者にとっても生きやすい世界なんだと思うんです。
どんな人でも、つまり、ぼくも、あなたも‥‥。
おかあさんでも、おじいさんでも、赤ちゃんでも、
かならずいつかは死ぬわけです。
「死んだ人のことはどうでもいい」世界だったら、
やがて行く先が断崖絶壁ということになっちゃう。
生者は、やがて死者としてじぶんの行く先を、
ただの闇にしてはならないと考えるようになりました。
生者と死者が、つながっていて、たがいを思いやる。
それは、きっと優しい社会なんじゃないかなぁ。
私を埋められるのは私でしかない。
*
友達は沢山いる。家族も欠けることなくいる。
でも結局、
わたしはひとりだ。
ひとりで生きる、覚悟をしないとな。
*
アーティスト、という体のいい呼び名。
それに甘んじることなく、
甘えることなく。
今、自分がアーティストと呼ばれることに
ものすごく抵抗がある。
これで食べられない自分に、
食べようとチャレンジすることから逃げた自分に。
*
ないものねだりとは言うけれど。
*
私は採算度外視できるから、
売れる売れないは関係ないって、
そう思うのは、
とてもずるいことのように思えてしまう。
*
恋に逃げたくない。
わかりやすく、仕方ないと決着のつきそうなところであるからこそ。
*
どこにもやり場のないように見える気持ちも、
冷静に目を向ければ、
ちゃんと出口はある。
*
この、吐きそうな感情の渦の向こうに、
ちゃんと未来はあるのかなぁ。
この詩は中国で300年ほど続いた唐の時代(日本で言うと大体平安時代くらい)、特に晩唐のもので、五言絶句の唐詩です。
五言絶句とは五言(五つの漢字)の絶句、ということ。
絶句とは、四つの行(四句)で現すという構成のことです。
この詩の作者は于 武陵(う ぶりょう)と言う方で、詩のタイトルそのものは「勧酒」といいます。
では原文。カッコ内は読み下し文です。
勘酒 (酒を勧む)
勧君金屈巵 (君に勧む金屈巵<きんくつし>)
満酌不須辞 (満酌辞するを須<もち>いず)
花發多風雨 (花發<ひら>けば風雨多く)
人生足別離 (人生別離足る)
この詩は色気もそっけもなく訳すと
酒を勧める
君に黄金の杯を勧める
このなみなみと注がれた酒を断ってはいけない
花が咲くと雨が降り、風も吹いたりするものだ
人生に別離は当然のことだ
となります。
この詩を一気に有名にしたのは、井伏鱒二の名訳です。
即ち後半の二行、「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」と訳されたものが寺山修二や井伏鱒二の弟子、太宰治の小説やエッセイなどの中で広く有名になっていった訳です。
井伏鱒二の名訳はこちら。
この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
この意訳で、後半の二行だけを読むと何か意味を取り違えてしまいそうになりませんか(笑)
ちなみに私は全文知るまで間違えてました。
さよならだけが人生だ、とは物凄く突き放した、そっけない言葉とも取れますし、花に例えられていることもあって、人生とは花のように儚くすぐに別れてしまうものだ、的な捉え方、できません?(笑)
実は本来の意味は、
「さよならだけが人生だから、今この出会い、時間を大切にしよう」
ということなんだそうです。
今この酒を飲み干して今を楽しく生きよう、すぐに別れは来るけれど今はここで膝を突き合わせているから、ということですね。
本来の意味合いを知ってから、この詩は私のモットーになりました。
それにしても、名訳過ぎますよね。
ちなみに寺山修司はこの名訳の後に、
「さよならだけが人生ならば また来る春はなんだろう」
と歌ったそうです。
この10年、
一歩も進んでなかったことに気づいてしまった。
変わってはいるけど
根っこは
なにひとつ変わっていなかったんだ。
後悔してる。
認める。
悔しかった。
認めるよ。
それだけ、
それくらい、
オモイは深かった。
だから前に。
前に進まなきゃ。
遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ。
舞え舞え蝸牛 舞はぬものならば
馬の子や牛の子に蹴させてん 踏破せてん
真に美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせん。
時代は巡る。
面白い時代にまた入る、そんな気がしているのは、自分の願望が多分に入ってるとは思うけど。
ネットが蔓延する前と後では世界は変わってしまった。
全てがさらけ出される時代にあって、
これからは、どうやって「アングラ」を意図的に作り出すかがキーになると思う。
本当のアングラがあった時代と、狙わないとアングラが作れない時代。
確実に違うけど、流行の意表をつけば作れる気がする。
アンチマジョリティとマイノリティ。
似て非なるものの境界ギリギリを攻める感じ。
五感はしっかり外へ内へ向けないと。
*
本当のモラトリアムだった学生時代から、
ずるずる続けた人生のモラトリアム。
そろそろ、何に対しても本気にならなければならない時期が来た。
あの頃突っ走れなかった自分が、傍目にはぐずぐずと、
それでもじわじわと進んできた道。
自分でもまとまりがないようでいて、
何かの核を持って、大きくなってきている気がする。
*
やりたいことがやれずにもどかしい思いをしてきた。
少しずつ、それこそ蝸牛のような歩みで少しずつ、
前へ進んできた。
そろそろ、
そろそろ動き出す時期だ。
時は満ちてきてる。
自分の中の声にちゃんと耳を傾けて、動き出す。
そのタイミングを見過ごさないことが、
後悔せずに、自分らしく生きるためには大切なこと。
自分が知る世界なんて、世界のほんの一部。
でも今はそれが全て。
自分の知らない世界や価値観や出来事を日々知る過程。
人に振り回されてる時は
大抵、自分のやりたいこと、やるべきことから逃げてる時だ。
そう、
自分のやりたいこと、信じる人を大切にして生きなくちゃ。
「自分にとってどーーーーーーーーーでもいい人」
というのは、本当に山ほどいるんだな。
それに比べて
大切にしたい人はとても少ない。
そこを忘れちゃいけない、ってうっすら気づいた夜明け。
日常はもう動き出してる。
一日は始まる。
私の一日は終わる。
私は私の世界、時間軸で生きる。
だから
おやすみなさい。
昨夜、立教大学で、
陸前高田『八木澤商店』の八代目社長、
河野和義さんの講演がありました。
息子さんで九代目社長の河野道洋さんには、
「ほぼ日」にも登場していただいていますが、
先代のお話を聴くのははじめてです。
ここでも何度か書きましたけれど、
津波で流された会社のあった場所で、
「これ、なんだかわかるかぁ。給料袋だぞーっ」
と、サンタクロースのような笑顔を見せていた人です。
あの、給料にしても、偶然入手できた書類を元に、
いつもの月と正確に同じ金額を、
徹夜して袋に詰めていたのだそうです。
八代目と九代目は、親子でもありますから、
自然に息子でもある現社長の話も語られます。
いくつかの対立があったことも話してくれました。
本気で真剣に体当たりしているのが、よくわかります。
責任という大事な荷を、しっかり背中に担いだ
猛獣の親子みたいに思えました。
どちらも眼光も鋭いし、呼吸も激しいです。
優しく強く走り続けているのが、よく伝わってきました。
あの震災が奪い尽くしたものも多いですが、
そのあとに育んでいるものも、少なくはありません。
「真剣だと、知恵がでる。
中途半端だと、愚痴がでる。
いい加減だと言い訳ばかり」
父親として、息子さんに教えたことだそうです。
九代目は、いまも真剣に知恵を出しまくっています。
これからも、河野さん親子には、
何度も「ほぼ日」に登場してもらいたいと思っています。
11月には、「ほぼ日」もいろいろ大きな変化があります。
いま、まさに、その助走の時間。
息を整えています、心拍数をあげています。